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水嶋ヒロさんの日記「希望」

水嶋さんの日記が更新されました。

「あなたが虚しく生きた今日は、昨日死んで逝った者があれほど生きたいと願った明日だ」
韓国の小説「カシコギ」の中の一説で、俺が常に自分に言い聞かせてる言葉の1つです。
後悔しないように今を生きる。

こんな文章で始まり、今回の決断で傷つけてしまったり、不安にさせてしまった方へのメッセージを送っています。水嶋さんは今回の決断でどんな判断を送られたとしても、心を砕いてくださった方に、精進しその道での目標を叶える事で、パワーや勇気を送って行けたらと思っているようです。

そして 
『少し前に、人生の大先輩で、尊敬しているとある老夫婦と話をしている時、こんな事を言われました。
「君は若い、けど、君は他の誰よりも急いでその年数の人生を生きてきた。
私には君の積み上げてきたものがしっかりと見える。だからこうしてお話が出来るのだよ。
これからは、その先に希望をしっかり見据えて君らしく突き進んで行きなさい。」』

こんなエピソードも語られていました。このお話を読んで、水嶋さんがどんなに今回の決断に際し、苦悩したのかが伝わってきたように思いました。信頼を寄せてくれたり、力になってくださっている方たちに秘密を持つということは、水嶋さんの人柄からしてどんなに辛かったろうと思います。どんな反応が起こるからも簡単に想像できたと思います。不安も痛みもとても大きかったことでしょう。でもそんな苦悩と痛みの中、人生の中で選んだのは愛する女性の幸せであり、お二人が前に見据えているのは「希望」なんですね。

人によって、何を大切にするかってそれぞれだと思います。お仕事に命をかけている方も、趣味を大切にする方も・・本当にたくさんの価値観が存在すると思います。どれが正解な生き方って言えないと、私は思います。

ただ、大切なものを見つけて、それを守るために全力を尽くし、そしてお互いの笑顔を願いながら希望の光を胸に前に進もうとしている・・そんな姿を美しいと思います。私は水嶋さんたちを心から応援してあげたいです。

『希望』を見つめて生きていく・・・長く生きた方からの言葉だけに、本当に力がある温かな言葉だと思いました。

新しい職場

全く新しい環境で働き始めました。
職場の方たちは、とっても親切で働きやすく、こんな時代に本当に幸せです。今は、電話を取るのにも信じられないくらいドキドキしていますが、とっても新鮮な毎日に、なんだか生まれ変ったみたいです。帰ったら失神の勢いで眠ってしまいますけど(*^▽^*)目もどんどん治ってきて、ほんと新しい1年になったなあって実感しています。

今日は穏やかな一日でした。

沈丁花や、ヒヤシンスのいい香りが漂ってくるあったかいお部屋で、春の香りの風を感じ「幸せ~」と和みながら、ここ何年か、私なりに一生懸命に綴ってきたブログの模様替えをしました。

私は、血やホラー系やサイコ系のが怖くって苦手な分野もありますが、舞台やドラマ、映画・・物語を観るのが大好きです。あと、お花と緑と空と海が大好きです。椿さんの俳優さんとしてのお仕事を心待ちにしながら、ブログも本来の日記の形に戻って、大好きなものをゆっくりゆったりと楽しく書いて行きたいと思います。ちょっとご無沙汰になってしまったお友達のところへもまた遊びに行けたらって思います。

水嶋ヒロさんご結婚

水嶋ヒロさん(24)と絢香さん(21)が3日夜、東京・赤坂のTBSで会見し、2月22日に婚姻届を提出していらしたと報告。

(⌒▽⌒;) び・・びっくりしました。朝、出勤途中でテレビの音声だけ受信していて聞いて、「そ・・・そうなの」とびっくりして、帰ってからのニュースでまた「!(・▽・;)さ・・・さすがピロさん」(もはや、どんな言葉も捜せない驚きでした)びっくりしました。
でも、病気を患っていらっしゃる絢香さんを、腕の中にしっかりと抱きしめて守るような決意が感じられる結婚報告は、とても水嶋さんのイメージだと思いました。いつも水嶋さんは、華やかな活躍の中でも、ちゃんと普通の感覚を大切にしようとしていらっしゃるように思います。日記でも、誠実さと優しさ・気遣いが感じられる礼儀正しい文章(帰国後、日本語を猛特訓したそうです。誤用は相手を不快にしてしまうし、また受け取る方の年齢や感性によっても様々、日本語はTPOがとても難しいです。たくさんの方が触れる日記や会見では気を遣っていらっしゃるんだろうなと思います。私も新職場で再確認中です~(涙))ですが、いつも絶対に譲れない部分、強い意思の存在が伝わってきました。
公式発表をどのタイミングでってきっと迷っていらしたんだろうな。

心からお幸せにって思いました。⇒中日スポーツ記事

作品

ずっとどっちなんだろうなって思っていることがあります。
それは映画とか音楽と絵画とか、いろんな作品について、創り上げた方を知った上で作品に出会うのと、知らないで出会うのと、どちらが幸福なんだろうと。

例えば小説を読んでいたら、この作者はこんな人物でこんな人生を歩んでいて・・という情報が頭にある時、登場人物の動きに作者の人物像から解釈を無意識につけてしまっていることがあります。そこで思います。それはこの小説をより深く理解している一助なのか、それとも登場人物の人生にとって本来無関係である作者を見てしまっているのは登場人物に向き合えていないことになるんだろうかと。

その度に、作者を知って読み取れる心情もあるし、それはどちらも違った意味があるってとこに落ち着くんですが、何にも情報も知らないで偶然出会った作品に、ぐいぐい引き込まれて行って最終的にもう心から感動してしまっている時の、なんていうのか、ただここにある作品に向き合って自分の今の気持ちがあるんだってその純粋さを自分の中に見つけた時の喜びは、やはりとても大きなものに感じます。

純粋な感動は、自分の心が感じたもので、なかなか解き明かせない自分の心に、その作品によって出会えたってことが嬉しいんだと思います。『あ~こんなとこが私の中にあるんだ~』って。

考えてみると、出会いの時の感動は本当に貴重な感覚なんですね。人には記憶があるから知ってしまった以上真っ白な心に戻ることはできないんですもん。

でも、どんなに作者(演者)を知っていても、それが「ズパーン」とすっ飛んでしまうことがあります。感覚が知識を追い抜くと言うか、どんな人か知っているのに、作品自体がぐいぐい迫って、頭も心もフル回転で向き合っているときが。

逆に作品を触れていて、背景や解釈ばかりが浮かんでしまって何を見ているのかわからなくなっている時もあります。そんな時は、なんだかとっても徒労の時間を費やしてしまったように感じます。

情報が溢れる世界。作品が前面に出て観る人とシンプルに向かい合える機会は減っているように思います。でも、付加された装飾を自らの光で焼き払い、そのものが輝く作品も確実に生み出されています。そんな作品や演者の方に出会う度に、心からすごいなって思います。その方が努力し前進しているからこそ見せられる世界だと思うからです。

でも私はなるべくなら、前情報なしで映画や舞台って出会いたいな。

合格!

8月からずっと勉強してた試験の結果が届きました。
合格でした。\(*T▽T*)/ワーイ
先生や一緒に頑張った仲間や応援してくれた家族やお友達に感謝、そして頑張ろうって勇気をたくさんくれた椿さんに感謝です。(いえ、勝手に椿さんが頑張っている姿をみて、私もガンバらないと!と思ってただけなんですけど(^o^)ゞ)

ありがとうございます。

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